● 瓦町の六地蔵 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、旅人は、病気やケガのないよう道中の安全を祈願し旅をした。
 瓦町の神明社の北裏に、六地蔵が祀ってある。 それは、無事に旅を終えた人たちが、お礼に宮裏の辻に地蔵を建立したものだと言われている。
 ある年の秋、この村を大きな台風が襲った。 風雨が吹き荒れ、田畑は荒らされ、黄金色に色づいていた稲はなぎ倒されるなどの被害を受けた。村人たちは、気の抜けたようになっていたが、
「いつまでも、くよくよしていてもはじまらねえ」
と立ち上がり、荒れはてた田畑の整理にかかった。
 その時、誰かが、「お地蔵さまは大丈夫か」と言った。 村人たちが、地蔵が祀られていた所にきてみると、地蔵は1体もなく、ここもひどく荒れはてていた。
 村人たちは驚き、夢中で地蔵探しをしたが、1体が見つからず地蔵は5体となってしまった。 それでも、みんなで5体の地蔵を手厚く祀り、今まで以上に信仰した。
 台風から半年くらい過ぎたころ、与一の一人娘の民が重い病気にかかり、高い熱にうなされる日が続いた。 女房のさだは、娘の病気の全快を祈願し、地蔵に7日間の断食願を掛け、7日間、何も食べず、民の看病をした。
 7日目の夜、民のかたわらで添い寝をしていたさだの耳元で、
「わたしは、去年の秋の台風で埋もれてしまった地蔵です。 どうかわたしを見つけ出しておくれ。 そうすりゃあ、娘の病気は必ず治しましょう」
  さだは飛び起きた。 今のは神のお告げに違いないと思い、隣で寝ている与一を起こし、夢のお告げ話をした。 与一も、さだの話を信じ、宮裏あたりを探し回ったがお地蔵さまは見つからなかった。 与一は、夜が明けると村人に応援を頼み、地蔵探しをはじめた。 やがて、何人かの鍬がお地蔵さまを掘りあげた。 そこには、泥まみれになった優しい顔のお地蔵さまがあった。 村人たちは泥まみれのお地蔵さまを古着で包むと、与一の家に運び、さだに、お地蔵さまをきれい洗ってやるよう勧めた。
 さだは、みんなの勧めるようにお地蔵さまの体をきれいに洗い流すと、お地蔵さまを民の枕元に置き、民の病気全快を祈った。 すると、民がパチっと目をあけ、小さな声で「おっかさん」と呼んだ。 さだは嬉しさのあまり、民を抱きあげると、ぼろぼろと涙を流しながら、お地蔵さまに何度も礼を言った。 村人たちも、民の快復を喜びあった。
 そんな事があってか、「瓦町の宮裏の六地蔵さまは霊験あらたかなお地蔵さまだ」と評判になり、いつも多くの人がお参りに訪れている。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


河原地蔵菩薩

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