● 引田のあみだ堂 前のページへ戻る   HOMEへ戻る   東三河の伝説・昔話へ 

 いつの頃からか知らないが、引田のあみだ堂には、子ども好きの観音さまが祀られている。
ある時、近所の子どもたちが、この観音さまを持ち出して前の田んぼで、わいわい遊んでいた。
           観音さま えらいな
                         観音さま 遊ばんしょ。
           観音さま 仲よしだ
                          おれんたちと 遊ばんしょ。
子どもたちは、大声で歌いながら観音さまを縄でしばり、田んぼの中を引きまわしてすっかり仲よしになっていた。
「こらッ子ぞうん等、なんでそんないたずらするだ。ばちがあたるぞ」
通りかかった村人が大声でどなった。
「お前んとうは、何んてえことするだあ。早くもとんとこへ祀っておけ」
子どもたちは驚き、観音さまをあみだ堂へ放り込んで、くもの子を散らすように逃げて行った。
 ところが、どうしたことかその後、子どもをたしなめた村人は、病気になって大へん苦しんだそうな。
「こりゃあひょっとすると、あの観音さま、子どもんたちと一緒にもっと遊びたかったに違いないな」
「ばちはこっちへあてられたかな」
「どうも、すまんことしちゃったな。……………すみません、すみません
「これからは、子どもんたちとたんと遊んでおくれましょう。 どうかお頼み申します。………………なんまいだ、なんまいだ」
それから、村人の病気はすっかりよくなって、子どもたちも、いつものように観音さまと一緒に楽しく遊べるようになった。
 子どもたちと観音さまが遊んでござると、村人たちはその様子をながめてはにこにこしていた。
ところが、ある年大風が吹いてお堂が倒れてしまった。
村人たちは、さっそく新しいお堂を建てて、観音さまをお祀りしたが、扉を固くしてだれも入れないようにしたため、子どもたちも自由に入って遊べなかった。
それから引田は大風が吹けば荒れ、作物はとれず、悪病がはやったりして人々は大へん苦しんだ。
「こりゃあ又、観音さまがご気げんを損ねたらしい。 ご無礼なことをしたもんだ」
「早く扉をとっちまえ」
「そうだ、そうだ」
と、さっそく扉をとりはらった。
 子どもたちは又、観音さまと一緒に遊べるようになった。
子ども好きの観音さま、…………顔がよごれ、鼻が欠け、手足がちぎれてもにこにこしてござる。
今でもここで遊んでいる子どもをしかる者はだれもいない。
  「東栄の民話」(東栄町教育委員会 発行) より引用


阿弥陀堂

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