● 立岩お堂と八十八か所巡り 東三河の伝説・昔話へ   前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 風切山の老人福祉センターのそばにある立岩(光り岩)のお堂は、光岩山円通庵といいます。 今から270年前(1712年正徳7年)に建立されましたが、明治5年の廃仏毀釈のときお寺をとりはらうことになりました。 そこで、ご本尊の十一面観音を、小袋橋のきわの常福寺に移しました。 ところが、鳥原の人たちがお寺を惜しんで代わりの観音像を刻んでこのお堂におまつりしました。
 それから年を経て、今から130年前の1852年(嘉永5年)のころ、菅谷武兵衛という人が江戸に出て、大
変成功しました。 そのお礼に、この立岩を起点として、風切山の中腹をめぐって常福寺に至る間に、280余の石仏を建て、ここで88か所の弘法巡りができるようにしました。
 立岩の下に4番札所があり、センターの上に登っていくと、「6ばん つぼさか」と書かれた千手観音石仏、さらにその上に、「8ばん はせでら」と彫られた十一面観音などが並んでいます。 この風切山の一角を弘法山とも呼んでいます。
 お彼岸のお中日(春・秋2回)のおまつりには、大正の半ばころまでは、近郷の各地から信者が集まりました。 お堂のところでながめていると、お参りにくる人が、弁天橋あたりから絶え間なくつづいていたそうです。 また、常福寺の庭さきには、のぞきやわたがLなどの店がたくさん出て、大変にぎわったそうです。
 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


立岩お堂

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