勝楽寺の鐘は、朝の5時と夕方の6時になると、「ゴーン。」と、深い音色で響き渡っていました。その合図で、あたりの人々は、時を知り、野良仕事に出かけたり、また、片付けて家路につくことにしておりました。
ある日の夕方のことです。最後の鐘が鳴り終わるころ、1人の村人が、小川路の早滝橋のあたりを通りかかりました。
ふと岩の上を見ると、1人のそれはそれはきれいな女の人が立って、鐘の音にきき入っているようでした。村人はこの美しい女の人に心ひかれて、ぼんやりと立ちすくんでいました。
どれだけ時がたったのでしょう。ふと気がつくと、美しい女の姿はどこにもありません。鐘の音ももう聞こえなくなっていました。村人は急いで帰って、近所の人たちにこの話をしました。
つぎの日になりました。きのうと同じ時刻に、5、6人の村人がつれだって、話の場所に行きました。そして、すすきのしげみに身をひそめて、じっと岩の上を見て待っていました。
なま暖かい風が吹いてきました。すると、どこからやってきたのか、すうーっと音もなく、きのうの美しい女がやってきました。そして、人目をさけるかのように岩の上に立って鐘の音を聞いていました。
勝楽寺の鐘の音は、こだまとなって高く、低く「ゴーン」と、夕ぐれの川面に響いて消えていきました。
美しい女の人は涙を浮かべて聴いている様子でした。それから毎日、毎日、村人たちは夕ぐれになるとこの女の人を見たくてやってきました。
ところが、ある夕方、自分がたえず村人たちから見られていたことを知ったこの女の人は、急にきびしい顔つきになったかと思うと、岩の上からざぶーんと川に身を投げてしまったのです。あとには、白いあぶくがいつまでも水面にあがってきましたが、女の人は再び浮きあがってきませんでした。
そののち、あの美しい女の人は、都から来た身分の高い人で、世をしのんで暮らしていたのだろうかということになりました。それからここを「御前淵」といい、この岩を「御前岩」と呼ぶようになったということです。 |