● 秋葉様のたたり 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 西新町の公民館の横に、秋葉山常夜燈と書かれた燈籠がたっています。
 この燈籠を、町内の人たちは昔から「秋葉様、秋葉様」と呼んで、毎晩欠かさずにお燈明をあげておまつりしています。
 この秋葉様に、不思議な話が伝わっているのです。それは、この常夜燈を移転するたびに、そこから100m以内の町内に必ず火事が起こるということです。
 大正11年のことでした。八幡神社の表参道にたっていた常夜燈を、道を拡張するということで、弁天通りの厳島神社の境内に移したのです。 すると、それから半年も経たない、風の強い冬のある晩、100mほど離れた、古物商の沢田連次郎さんの家の裏の物置から火が出て、たちまちのうちに大きな物置が全焼してしまいました。
 町内のあちこちから、秋葉様のたたりではないか、という声があがりました。
 そこで、昭和15年になって、再び常夜燈を元あった場所の近く、今の東海銀行の前に移しました。 するとまた、半年もたたないある日、向かいの鳥居歯科医院宅の裏の倉庫から出火し、隣りの三棟ほどを焼いて鎮火しました。 それから1年ほどして、今度はすぐ下の、現在カネキン八百屋のある場所から火事が起こりました。 いよいよ人々は、その恐ろしさに震えあがってしまいました。
 それからしばらくして、東海銀行が拡張することになり、銀行側から町内に、秋葉山常夜燈の移転申し入れがありました。 しかし、総代さんはじめ、町の人々は今までのことをおそれていましたので、移転話には大変消極的で、何回寄り合いをつけても誰も賛成する人はないという有様でした。
 銀行側はやむをえず移転の費用は全部もち、さらに秋葉山本山詣での観光バスを仕立てて、町内の人たちを祈とうに案内する、という条件で、移転することになりました。 それは昭和44年のことで、秋葉様は3たび現在の地へ移転したのでした。 するとやはりそれから1年とたたないうちに、100mと離れていない丸登旅館の裏座敷など6棟ほどが焼けるという火事がおこりました。 本当におそろしいことでした。 しかし、それからは、10年余になりますが、火事も起きず、町内の人々もようやく落ちついた気持ちになりました。
 町内では、あのおそろしい火事が再び起こらないように、12月の祭日には毎年当番と希望者とで、秋葉本山まで参詣に出かけています。
 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


西新町観音堂

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