● 泣き地蔵 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 ある日の夕方、諸国をめぐる巡礼の1人が、日暮れの道を庄屋の家にたどりつき、「どこかで、雨風をしのぐ一夜の宿をさせてほしい」とたのみました。そのころは、よその国の者をやたらに泊めることのできないきまりでしたが、庄屋はその巡礼を大へんかわいそうに思い、近くの地蔵堂に泊まることを許してやりました。
 よろこんだ巡礼は、さっそく、うす暗いお堂の中に入って休むことになりました。寝ながらあたりを見まわしておりましたが、暗やみになれてきますと、壇の上にまつってあるお地蔵様がみえてきました。旅から旅を続けている巡礼にとっては、その地蔵様の姿は、いかにもやさしく、まことに慈悲深い円満なお顔でありました。
 しみじみ見つめているうちに、なんでもかんでもこの地蔵様がほしくてたまらなくなり、とうとう夜半にお地蔵様を背負って逃げだしてしまいました。
 国々をめぐる巡礼から、盗人にかわった巡礼の足は早く、新城を通り、野田を過ぎ東上の中村の川原まできたとき、夜はしらじらと明けかけていました。
 すると急に、背中の地蔵様が、「大海へ帰りたい、大海へ帰りたい」と泣き出しました。この声を聞いた巡礼は足がすくんでしまい、1歩も前に出られなくなってしまいました。そして、こっそり盗んでいこうとした罪のおそろしさにふるえ、お地蔵様をその場に投げ出して、いちもくさんに逃げていってしまいました。
 さて、大海ではこのことが庄屋の夢になってあらわれましたので、不思議に思いながら、東上の中村の川原にいってみますと、まざれもなく大海のお地蔵様が捨ててありましたので、きっそく拾い上げ、背負って帰り、もとのとおりお堂におまつりしました。中村で投げだされた時、片腕にけがをしたので、そのあとが今でも痛ましく残っています。このことがあってから、この地蔵様を「泣き地蔵様」と呼ぶようになったということです。
万延元年10月12日のことでした。大海に大火がおこりましたが、このお地蔵様は火の海にとりまかれながらも不思議に焼けなかったので、村人たちは今さらながら、このお地蔵様のありがたさをたたえたということです。

 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


泉昌寺

泣き地蔵

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