● 真国の十王さま 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 どこの地方でも、めったに見られない十王さまが、牛倉の高台、真国の墓地にまつられている。ずいぶんと古い石仏なので、だれも、作った人や年代を知っている者はいない。長い間荒れはてていたお堂を、村の人たちの手で、昭和54年の夏に、りっぱに改築した。
 上座のまん中に、供を従えた閻魔大王がおり、下座の右と左に、鏡の仏さまと、秤の仏さまがおられて、全部で15体である。
 いつのころか、お上のきついお達しで、おまいりをつづけることができなくなった。そこで、村の人たちは泣き泣き、仏さまを土の中に深く埋めたという。このため、朱塗りの仏さまが、いまでは色がはげて、わずかに残っているにすぎない。ただ1体だけの女仏、しょうずか婆さんには、悲しい願いをこめた頭巾や、着物、よだれかけなどがあげられている。
 いつもお参りが絶えなく、線香のけむりがただよっている。この十王さまにまつわる伝説である。

 むかしもいまも、だれでもいちどは、それはそれは、冥土という遠い国へいくのだそうな。この道は、いく道だけで、まだ帰ってくる遠ができていないので、もどってきたという人があったとは、聞いたことがない。
 入り口には、いかめしい関所がある。
 正面に、おっかない顔をした閻魔大王がいて、大勢の家来を従えていなさる。1人ずつ、呼び出しを受けて、いままでの行いをこと細かに調べられる。
 そして、鏡の前にたたされる。良いことをしてきた人は、すぐと鏡がきれいに澄んでいくのに、悪いことをした人は、すぐに鏡が曇ってしまい、とてもびっくりするそうな。
 つぎに、秤にかけられる。良いことをした人は、善の天秤がぴんとはねあがるのに、悪いことをした人は、悪の天秤があがってしまい、もういちど、びっくりするそうな。
 いくらうそを言ってもすぐわかってしまい、それはそれはこわい鏡と天秤だという。ここでいくら後悔しても、もうおそいそうな。

 さて大王が大きい声で、
 「おまえは、極楽にいけ」
 「おまえは、地獄へいけ」
 と、きつくおっしゃる。
 そのたびに、関所の裏門がギーッと音をたてて開く。すぐ目の前に、2つのわかれ道があって右、極楽ゆき、左、地獄ゆき、と書いた道標が立っている。
 大王から指図をうけたとおり、ここから道をわかれて歩いていく。極楽にいく人のうれしそうな顔に比べて、地獄へ行く人の、なんと悲しそうな姿なのだろう。とてもみてはいられないそうだ。よっぽど、極楽はいいところにちがいない。

 ありがたいことに、関所に、しょうずか婆さんという方がいて、だれにでも、それは親切にしてくれるという。寒がりやの人には、着物をきせてくれたり、おしゃれの人には、頭巾をかぶせてくれたり、たまにくる子供には、よどかけをかけてくれる。そのうえ、あれこれとこまかに注意までしてくれる。ほんとによいお婆さんだそうな。
 このお婆さんは、これから先のことはあまり話したがらないが、ただ、地獄ゆきの人を送り出すたんびに、
「ここにくる人は、みんなよいことをしてきてほしい」ともらすそうな。

新城昔ばなし365話(新城市教育委員会) より引用 


真国の十王さま、しょうずか婆さん、鏡の仏さまと秤の仏さま

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