● 今水寺 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 吉祥山の中腹に、北に向かって開けたところがあります。そこには昔、吉祥山今水寺という大きなお寺があったそうです。このお寺は、弘法大師がお寺を開こうと、全国をまわって、この八名井の地にこられて、今水寺を開いたのだといういい伝えがあります。今は、一つのお寺も残っていませんが、もとは、東の谷に八つ、西の谷に四つ、十二もの僧坊が建っていました。坊の名は残っていますが、どれがどこにあったのかわかりません。東谷に残っている鳥居をくぐって石段をのぼると、そこには熊野神社が、今水寺の鎮守としておまつりしてありました。また、観音堂にあった十一面観音像が、今は八名井の阿弥陀堂に移されておまつりしてあります。
 こんな立派なお寺がどうしてなくなってしまったのか、はっきりしませんが、武田信玄が野田城を攻めるとき、今水寺に本陣をかまえようとしてことわられたので、焼きはらったのだともいわれています。

 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


今水寺跡

東三河の伝説・昔話    一つ前へ戻る    HOMEへ戻る