● 亀と妙見様 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 永住寺の山門をはいると、すぐ左手に亀にのった石碑が目にとまる。
 これは、さくら淵の上にある妙見堂の境内から移したものである。
 妙見様の下は、新河岸と呼んでいるが、以前の河岸は山本ボート付近にあったが川底がかわったのでここに移された。明治5年には、この新河岸に新城物産ができ、たくさんの川船と荷物を運ぶ馬でにぎわい、船頭の宿所や倉庫などが並んでいた。
 北辰(北斗七星)を妙見菩薩として信仰する妙見様は、船頭たちによってまつられ、後には一般の信者も多かった。妙見様の信者はとくに、亀をいじめることを忌みきらった。
 ある時、本町の問屋の赤谷勘十郎の船頭のひとりが、川から出てきた亀を竿でつついていじめた。すると、その船頭は気が狂って、船からはい出して川にはいろうとするようになった。驚いた勘十部が、妙見様のお堂の後ろの大松の下に亀の石碑を建てて供養したら、船頭の気狂いがなおったという。
 昭和5年に、妙見様のお堂が火事で焼けた時、永住寺に移された。今のお堂はその後に再建されたものである。

 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


永住寺

亀と妙見様

妙見堂

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