● 阿寺の七滝と子抱石 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、阿寺に又吉と言うお百姓さんがいて、妻のおたつと長男の正吉と3人の親子で、しやわせに暮していた。
 働き者の又吉は、ある日、出水を利用して材木を流す川ひょうに出かけた。ところが運悪く、丸太から足を滑らせて濁流の中へ落ち込み、つい死んでしまった。
 妻のおたつは、この悲しい知らせを聞いて泣き悲しんだが、どうしようもなく、
「わしゃあ、正吉をしっかり育てて、おとっさんに負けん子にせにゃあ」
と気を強く持ち直してがんばりだした。
 正吉も、母親を助けながら素直に育って、やがて立派な青年になってきた。すると近所の人達も、
「正吉っあ、いい若い衆になったで、ぼつぼつ嫁っこをもらわにゃあ」
と言ってくれるようになった。
 おたつもその気になって、嫁さがしに出かけることにした。
 するとありがたいことに、峠を越した向うの村に、大変な働き者で、しかもすばらしいきりょうよしのお京と言う娘を見つけた。
「あんたんとこのお京さんを、わしんとこの正吉の嫁におくれましょう」
と、一生懸命に頼んだ。
 娘の家の親達も、正吉のいい若い衆ぶりを聞いていたので、いい返事をもらうことができた。
 おたつも正吉も大変喜んで、お京を嫁に迎え入れた。
 嫁いできたお京は、評判通りによく働き、夜はおたつの肩をたたいたりわらじを作ったりして、母のおたつを喜ばせた。
 こうしておたつも大変喜んでいたが、どうしてか3年経ち4年経っても子供が生れなかった。その上、正吉とお京があまりにも仲がよいので、おたつはつい、
「わしゃあ孫の顔が見たいが、どうしたのかのう」
「孫が生れんじゃあ、わしん家は絶えてしまうで」
などといや味を言うようになり、その上つらく当ることが多くなってきた。
 あまりにつらく当られたお京は、ある日泣きながら洗濯をしていると、村一番の利巧者の滝右衛門老人が、白ひげをなでながら通りかかり、お京の様子を見て不審に思い、
「お京さん、どうしたんだい」
と問いかけた。お京は、ほっとした気持ちになって
「わたしに子供ができんので、おっかさんがつらく当るんです」
と泣きながら話した。
 すると滝右衛門老人は、
「ああそうだったのか、それじゃあ、お京さんが子を生みゃあ、おっかさんのきげんも直るだろうで」
と言った。お京はこの老人にすがるような気持ちで、
「わたしも子供を生みたいのですが、どうしてもできないのです」
と悲しそうに言うと、滝右衛門老人は
「七滝の子抱石を迎えてきて、朝晩おがみなさい。きっとよい子が生れるよ」
と教えてくれた。
 お京は喜んで、早速、七滝へ行って子抱石を拾い、家へ持ち帰って部屋に祭り、しんけんに「お願」をかけ続けていたところ、ありがたくも子供が授かった。
「あんた、子供が授かったよ」
と夫に言うと、正吉は大喜びした。
「おっかさん、赤ちゃんができたよ」
とおつたに言うと、おつたはにやっとしただけで、それほど喜んでくれなかった。
「おかしなおっかさんだ。あんなに孫を生め、孫がほしいと言っていたのに。それでも生みゃあきっと喜んでくれるだろう」
と思ってこらえ、やがて無事に元気な子を出産した。喜んだ正吉は、
「お京よかったな。元気になったらおっかさんと、七滝へお礼参りに行けよ」
とすすめた。
 やがて元気になったお京は、子供を抱いて母と一緒に七滝へ出かけ、第四の滝のところで、お礼参りをしていると、鬼のような表情をしたおつたが、お京親子をうしろから激しく突き落した。滝つぼに突き落されたお京親子は、哀れにも滝つぼ深く吸い込れていってしまった。
 この哀れな出来事を聞いた滝右衛門老人は、お京親子を気の毒に思い、滝の脇へ子供を抱いた石像を建て、また村人達は、お京の大好物であった赤飯を炊き、第四の滝へ投げ入れて供養してやったと言われている。

 鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用 


阿寺の七滝と子抱石

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る