● 大いちょう 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 能登瀬のほぼ中央の国道脇に樹齢数百年を誇るいちょうの大木が天を掃くごとくそびえている。このいちょうの木は、北設の川宇連にあるすおうの木、津具の桜の大木と共に、三河の三名木として広く知られていた。
 本郷に残っている地歌の中に、
   「今度通ったら取ってきておくれ
      能登瀬のいちょうの木の枝を」
と歌われた程であった。
 鎌倉幕府を開いた武将源頼朝が、平家に追われながら隠れ隠れ関東へ逃げのびて行く道すがらこの付近を通った。その時頼朝は追手に追われて逃場を失い、やっとのことでこの大いちょうの中に隠れ、危うく命を拾った。
 また、今から100年ほど前に、強い台風があってこの大木がさけ、そのー部が倒れてしまった。ところが、この部落では、いちょうを燃やすと火事になるといわれていたので、川へ運んで流した。流れたいちょうの木は、川下の井代の淵へたまった。井代の人たちは能登瀬の言伝えを知らず拾い上げ薪にし家へ運んでたいた。すると不思議にも大火が起り、ついに井代の部落の大半を焼失するという災禍があった。   (東陽風土記)

鳳来町誌民族資料編(南設楽郡鳳来町発行)より引用


能登瀬の大いちょう

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