● 名号池の雨ごいと釣鐘 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 弘法大師の投筆で有名な名号池には、昔から大蛇が住んでいた。この大蛇は金物がきらいなので、干天が続くと雨ごいのために釣鐘を池の中へ沈めて念仏を唱え、雨を呼ぶということが行われていた。たまたま明治初年のころ、ひどい干天が続き作物も畑で枯れてしまうほどになった。そこで能登瀬の若者たちが先頭に立って洞泉院の釣鐘を借り念仏を唱えながらこれを池に沈め、雨ごいの行事を始めた。
 この時、釣鐘の綱をいくら伸しても鐘が底に届かないので、この池には底が有るか無いかが若者たちの間で話題になった。こんな話題の中でなおも沈めていくと急に釣鐘が動かなくなってしまった。あれこれと綱をあやつってみたがどうしても動かない。若者たちは困って部落の大人たちに相談した結果、海のもぐりを頼んできて潜ってもらうことになった。前芝の方へ行って海へ潜る漁師を頼んできて潜ってもらったが、深すぎてどうしても潜れなかった。
 若者たちはいよいよ困って首をかしげている時、渥美に潜りの達者な忠平という名人がいることを知らせてくれる人があった。早速その忠平を頼んで潜ってもらった。忠平はやっとのことで釣鐘の深さまで潜りつき、岩角に懸っていた釣鐘を外してきてくれた。この忠平が言うには「わしもこんなに深くまで潜ったのは初めてだったが、この池はまだまだ穴が深くて底は分らなんだ。」と驚きあきれた様子であった。
 この潜りの名人忠平のお陰で、大事なお寺の釣鐘は元へもどり、その上雨も降ってきてみんな喜びあった。この時に使った釣鐘は、能登瀬消防詰所横の火の見やぐらに半鐘となって残っている。

鳳来町誌民族資料編(南設楽郡鳳来町発行)より引用


名号池

能登瀬消防詰所の半鐘

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