● 名号池 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 湯谷の浮石橋の少し下の川の真中に、天然記念物馬背岩の切れ目のところに、青々とした水をたたえた池があり、これを名号池と呼んでいる。
 今から1200年ほど前のこと、名号の酒屋へ気品のある旅僧が現れて一夜の宿を頼んだ。親切な酒屋のおばあさんは、快く承知して泊めてやった。その夜いろいろ話を聞いているうちに、このお坊さんは相当身分の高い人だと感じられてきたので、記念に一筆書いて欲しいと頼んでみた。旅僧は快く承知してくれた。
 ところが翌朝、書いてもらうことを忘れて送り出してしまった。しばらくして気が付いたおばあさんは、急いで旅僧の後を追いかけ、やっとこの池の近くで追いついた。
「お坊様、ゆうべの約束の書きものを」と呼びかけると、旅僧はにっこりしながら池の岸まで下りて紙を出すように言った。しかしおばあさんは、余りにあわてて来たので紙を持って来なかった。とっさの思い付きで、頭にかぶっていた白い手拭を広げた。旅僧はその手拭に、六字の名号をすらすらと書き流した。すると不思議なことに、その見事な「南無阿弥陀仏」の六字は、同時に池の北側の高さ数メートル程の流紋岩の岩壁に深々と刻み込まれた。あまりの不思議さに驚いたおばあさんは「あなたはどなた様ですか。」と尋ねた。僧は「わたしは空海じゃ。」とだけ言い残して立去って行った。
 このことがあってから、老婆の村を名号というようになり、この湯谷の池を名号池と呼ぶようになった。また弘法大師が書いた六字の名号の布は、その後高野山に納められ、名号の人たちが高野山参りに行ったときに特別に見せてもらったこともある。名号の部落に深い関係のあるこの池の底は名号に通じており、名号で田植をすると池の水が濁るので、湯谷の人は池の水の濁り具合で名号の田植を知るのである。

鳳来町誌民族資料編(南設楽郡鳳来町発行)より引用


浮石橋

馬背岩

名号池

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