● 城山の清住稲荷 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 大野の古城である城山の頂上に、城の跡と思われる平らな所があり、昔をしのばせる面影が残っている。
 城主の鈴木喜三郎が亡くなった時、城山の頂上に骨を埋めてその上に大きな石を置き、近くにさかきの木を植えておいた。そのさかきの木が大きくなったので、町の人たちがその枝を折って家へ持ち帰るようになった。ところが不思議なことに、さかきを折った人たちは家へ帰るまでにみんなけがをした。これは亡くなっ城主をお祭する人がいないからだろうといわれていた。
 この近くに住んでいた請井九三郎という人が、このことに関係した夢を見た。九三郎じいさんのまくら元へ毎晩毎晩きつねが現れた。九三郎じいさんは不思議に思い「お前はどこから来たのか」と尋ねると、「城山から来た」と言った。そこで更に「何をしに来たのか」と聞くと「わしは城山の守りぎつねだ、ぜひお祭りして欲しい」と言った。
 このとき九三郎じいさんは、はっと思い当ることがあり、80を越えた老体にもかかわらず、1人で重い石を城山へ運び上げ、祠を建てて夢に出てきたきつねを祭り、名を清住稲荷とつけた。すると、それから以後きつねは夢に出なくなり、またさかきの枝を折って持ち帰っても全然けがをしなくなった。
 このことを聞いた近所の人たちも、このお稲荷さんにお参りするようになり、困った人の願い事を聞いたり、力を貸してくれたりする御利益があるという評判はだんだん高まっていった。

鳳来町誌民族資料編(南設楽郡鳳来町発行)より引用


城山・大野城と清澄稲荷

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