● 滝山くずれ   前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 中宇利公民館前の三叉路に「比丘尼城址入口」の標柱がある。城址はここから南800mの字利の部落を一望する尾根の先端にある。上は平坦になっていて、まわりには濠をめぐらしている。城主は尼さんであったろうとか、字利城の支城であろうとか、南北朝時代の宇利庄の拠点であろうとか、たしかなことはわからない。
 この城の南には大きなくぼがある。このくぼから雨生山の山すそ、中村、不動平、門沢、こたぷろにかけて五輪塔や自然石の墓が点在している。この城が敗れたときに戦死した人の墓だろうといわれ、土地の人々は、これを滝山くずれといって、それぞれの地所でねんごろにおまつりしている。
 このあたり一帯、圃場整備が行われた際に、墓を移動したり、まとめられたりしたが、滝山くずれにはたたりがあるといわれている。
 先年、豊橋から来た運転手が小便をかけたらその晩から発熱したとか、子供が腰かけたら風邪をひいたようになって寝こんでしまったとか、いろいろおさわりがあるといわれて恐れられている。
 不動平の梅沢家では、おさ
わりがあっておがんでもらったらなおったが、それ以来、月の3日間必ずお茶湯を欠かしたことがないという。

新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


比丘尼城跡

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