● 六田沢の石仏 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、諸病を払い幸福を授ける薬師如来を本尊とする鳳来寺と、火伏せの神秋葉山とを結ぶ信仰の道秋葉街道が栄えた頃、七郷一色の六田沢の部落は、街道沿いの部落にあたり、道者達の往来が多かった。
 ある人は鳳来寺を目ざし、ある人は秋葉山を目ざして、西へ東へと道者達が往来していたある年のこと、この六田沢で激しい争いごとが起きた。
 見るとやくざ風の男達が西東に分れて向い合い、恐しい形相をして悪口を言い合いにらみ合っていたが、ついに刀を抜いての切合いになってしまった。
 部落の人達は、見たこともない切合いに、恐れおののきながら、家の中や物かげから見ていた。
 やがてすごい決闘が終り、相手方を全滅させた片方は、意気揚々と引上げて行ってしまい、この六田沢に静けさが戻って来た。
 しかし街道の周辺には、切り捨てられた死体が、ごろごろとしており、気を静めて家から出てきた部落の人達は、この様子を見てあ然とした。
「おい、おそがかったなあ」
「ほんとにこわかったな、ひどいことだったな」
「わしゃあ、あんなすごいけんかは、はじめてだったよ」
「やくざのやつら、しょんないなあ」
などと話し合いながら、こんなにたくさんの死体をどうするのか、困った問題になってきた。
「それでもこのままじゃあしょんないで、わしんたちで片付けてやらまいか」
「そうだな、そうしてやらまいか、かわいそうだでな」
などと話し合いながら、部落中総出で片付けにかかった。
 死体は75体もあり、これを集め丁重に葬ってやったが、今後、死者のたたりがないようにと願って、葬った場所に供養塔を立て、それから以後は、毎年お盆になると、人情の厚いこの部落の人達によって、手厚い盆供養が行われ、75人の霊を慰め続けているが、この供養塔を、いつとはなしに「六田沢の石仏」と呼ぶようになった。

鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用


六田沢の石仏

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る