● おもづな淵 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 協和地区の赤羽根川と巴川が合流するところを、おもづな淵といっています。 現在は、近代的な橋がかけられておもづな橋と命名されました。 おもづな淵にはこんないい伝えが残っているのです。
 おもづな淵は、陽あたりもよく、岸には、大小の岩もたくさんありました。 体が冷たくなると、日向ぼっこもできるので、大勢の人のよい水浴び場所となっていました。 ある夏の昼のことです。 ひとりの若者が淵で泳ぎ始めました。 若者は、向かいの岸へ向かって、パシャパシャと泳いでいきました。 するととつぜん、牛のおもづなのようなものが、ひらひらと流れてきて、若者のからだにまとわりつきました。
「なんだ、これは、きみの悪いもんだな。」
 若者はあわててときほぐそうとしますが、もがけばもがくほどからだにぎゅっとまつわりついてきます。 そのうち若者は、ふわふわと気持ちのよい夢をみているようになりました。 つい、とろんとして水におぼれかけました。 水を 「ガポッ。」 と飲んだひょうしに、はっと目がさめ、からだにまとわりついていたおもづなも、はらりととけました。 おもづなは、ひらひらと、まるで泳いでいるように流れていき、大きな岩の下にすいこまれるように入っていきました。 ようやく、岸にたどりついた若者は、へとへとにつかれ、ぐったりとなっていました。 体じゅうのカがぬけてしまったようです。
 「なんだか おかしなこともあるもんだ。」
 ふらふらと家に帰った若者は、どこといって悪いところもないのに立ち上がれず、3日ほどねこんでしまいました。 若者は、このおそろしいような、不思議な体験を友達にもうちあけました。
「そんな はかなことがあるものか、きつねにでもだまされたんじゃないか。」
 みんな笑って信用してはくれません。
「いいや、おもづなが流れてきて、まといついて離れないんだ。 化けものにきまっている。」
「それじゃあ おれたちが、きょう泳ぎにいってためしてやろう。」
 4、5人の仲間が、いさんで川へ出かけましたが、何もあらわれません。
「やっぱり、きつねにだまされたんだ。」
という話になってしまいました。
 10日はど後の話です。 淵で、別の若者がひとりで泳いでいました。 すると、話に聞いたとおり、どこからか、おもづなが流れてきました。 体にぎゅっとまとわりつき、どのようにしてもときほぐせません。 そのうち、ふわりと雲にのってるような気分になり、ぼんやりしたとたん、川の流れに足をとられおぼれかけました。 必死で岸辺へ泳ぎつきました。
おもづなは、ひらひらと流れて、岩の下へすいこまれていきました。
「あいつのいったことは本当だったんだ。」
 そう思ったとたん、若者は、カがぬけ、川原に倒れてしまいました。 この若者もまた、3日ほど、よわよわと床についてしまいました。 子供や女が泳ぎにいっても、川には、なんのかわりもありませんが、若い男性がひとりでいくと必ず、おもづなが流れてくるのでした。
「おらは おもづなのおかげでおぼれそうになった。」
「淵には なんか魔物がすんでるにちがいない。」
「若い者をだまくらかそうとする化けもんにちがいないぞ。」
 村中は、淵の話題でもちきりでした。 どうにかして、きみのわるい魔物を退治したいもんだと、村人たちは、淵をみつめ、どうしようかと思いあぐねていました。
 そのころ、柿平に、東右工門という武士がいました。 やりの名人ということで知られていました。 東右工門は、淵のうわさをききつけ、
「よしっ そんな化けものは、このおれが退治してやろう。」
と、長い柄のやりをかかえのりこんできました。
 淵は、しんとしずまりかえり、あつい夏の日さしが差しこんでいました。 東右工門はまず、淵のまわりをぐるぐると歩きまわりました。 とつぜん、水面に向かって、われるような大声でどなりました。
「われこそは、柿平の武士、東右工門なるぞ、おのれ、にっくき化けものめ、日ごろ若者をだましたる罪はゆるしがたきものなるぞ、今こそ、この東右工門、天にかわって成敗してくれん、いざや尋常に勝負せん、でてこい!、すぐでてこい!。」
 東右工門にこたえるかのように、カラリと晴れていた空が、みるみるとくもり、大粒の雨がポッリポッリと降りだし、生ぐさい風がザワザワと吹いてきました。
「あっ、あれは。」
 東右工門は、いっしゅん息をのみ、やりをぎゅっと持ちなおしました。 淵の向かい側の大岩の下の水面に、ポカリとおもづながうかびあがったのです。 へびが、かまくびをもたげたような様子をして、東右工門めがけて、ズズーと近づいてきました。
「おのれ、ちょこざいなり エイッ!。」
 東右工門は、やりをふりあげ、こんしんのカをこめ、おもづなめがけてつきさしました。
ぐさりと手に重い手応えを感ドしました。 おもづなは、淵の中にころげおちていきました。
東右工門が、すばやく淵の中をのぞきこむと、おどろいたことに17、8才のはだかの若い娘が、脇腹をおさえてたおれています。 流れ出る血で、淵の水がうす赤くなりました。
東右工門が、娘めがけ、とどめのやりをなげつけようとしたときです。
「お待ちください。」
 娘が、苦しそうな声で話し始めました。
「わたしは、ここから、2町余り(200メートルばかり)下流にまつられている弁財天様におっかえしておりました御女子と申すものでございます。 うまれつきいやしい心をもっていたため、弁財天様を破門になり、この淵にすみつきました。 おもづなの姿に化け、泳ぎにくる若者を、おどろかせては精気をぬき、喜んでおりました。これまでの罪をつぐなうためにも、岩となってながくこのふちにとどまり、水の守りをさせていただきます。 どうぞ、おゆるしくださいますよう。」
 娘は、なみだながらにあやまリました。 東右工門は、傷つきながらも必死であやまる若い娘の姿を哀れに思い、
「ゆるそう、つみをつぐなえ。」
と、大声でいいはなしました。 すると、水の中の娘の姿は、かきけすように消えてしまいました。 それから、しばらくして、川のまん中に、直径6尺(2メートル)くらいの大岩が急にあらわれました。 この岩があらわれてから、いくら雨がふり続いても、川から水があふれることがなくなり村人は喜びました。 この岩は御女子(おめこ)岩とよばれるようになり、淵はおもづな淵とよばれるようになり今日に至っています。
 なお、川の近くにまつられていた弁財天様は、明治時代に赤羽根の日在寺の境内に、うつされ、大切におまつりされています。
  つくでの昔ばなし(作手村文化協会)より引用 


おもづな淵

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