● 観音様の涙 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

明治45年、この年は御堂山観音堂の本開帳です。
この5日間、観音様を熱心に信心している1人のお婆さんは毎日うれしそうに参道を歩いています。
「南無阿弥陀仏ナムナムナム、ありがたや、ありがたや…南無南無」
お婆さんのほかにも幾人かの人が観音様を拝みに山を登って行きます。日が傾き、参拝者がいなくなってもお婆さんだけはまだ拝んでいます。
「お婆さん、もう扉閉めるから暗くなる前にはよ帰りん」
係の人が扉を閉めようとしてもお婆さんは涙を流して手を合わせ動こうとしません。
「ああ…次にこの扉が開くまで観音様に会うことはかなわん。私の寿命があとどれくらい持つかわからんけど、、次の御開帳の時まで生きとれんだらーな。あともうちょっと、もうちょっとだけ待っとくれん」
「うーん、いや、だめだめ、定めは定めだ。もう閉めるよ」
係の人は同情しつつも心を鬼にして扉を閉じて錠前をかけ、その年の御開帳を終えました。
それから16年後、大正14年の中開帳の日。係の者がお堂の扉を開けて驚きました。
「なんとっ…奇妙な!」
観音様のお顔に涙を流された痕があります。右は頬まで、左は鼻の先まではっきりと見えるのです。
「これはあのお婆さんに観音様が同情して涙を渡されたに違いない」
観音様の涙にびっくりした村の人が話し合い、これ以降縁日の18日に扉を開き、直に観音様に参拝できるようにしました。
地元の人は、「ふくよかでおだやかなお顔の観音様にお祈りしていると、涙を流して聞いてくだきさっているような不思議な気持ちになる」とか、「うちの観音様は木目が美しい八頭身美人だよ」と大事にお祀りしています。

 広報がまごおり(平成24年9月号)より引用 


御堂山観音堂

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