● くすの木のたたり 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 鉢地坂(はっちざか)のくねくね道をおりてくると、急に目の前が明るくひらけ、見渡す限りのみかん畑からは甘ずっぱいかおりがただよってきます。みかん畑ごしの、ずうっと向こうには、三河湾がキラキラとまぶしくかがやいています。
 このあたりが、まだ、清田村(せいだむら)とよばれていたころは、村のあちらこちらに、くすの木がたくさん生えていました。くすの木の枝にすをかけた小鳥たちは、あたたかい陽をあびて1日中楽しくさえずり、大きく枝をひろげた木かげは、仕事であせをかいたお百姓さんたちの、ちょうどよい休けいの場所でした。
 ところが、いつのころからでしょうか。くすの木はつぎつぎに切りたおされていきました。そして、そのあとには、みかんの木が植えられました。みかん畑が広がるにつれて、くすの木はどんどんへっていきました。そして、とうとうのこるのは三本だけになってしまいました。
 中でも1番大きい木は、子どもが10人かかって手を広げてもかかえこめないほど太く、枝は天までものびていました。このくすの木は、たいへん年をとっていたうえに昔からのふしぎな言いったえもありましたので、村人たちは、とても大切にしていました。
 ところが、こまったことには、のこった3本のくすの木まで切りたおして、畑にしょうという人びとがあらわれたのです。そして、
「こんなにいい土地に、くすの木なんかもったいない。早く引っこぬいちまって、みかんを植えよう。そうすりゃ、うまいみかんがたっぷりとれることうけあいだ。」
と、村中の人から人へと言いふらしてまわりました。
「ばかな、この木を切るなんて。これはただのくすの木じゃないんだぞ。」
「このくすの木はな、わしらが生まれるよりずうっと前から、ここに立っていて、村のできごとをじっと見守ってきてくれた、まあ、村の守り神みたいなものじゃないか。」
「この木を切るとたたりがおこるぞ。」
こうして、村中は2つに分れ、しばらくの間、言いあらそいが続きました。
 ある日、この話をききつけた商人が町からやって来ました。商人はひとりのよくはりな男をそそのかして、木を切らせようとしました。
「この木を切ってみかんを植えたらどうかね。とれたみかんは、わしが町へ売りに行く。もちろん、もうけはおまえさんとやまわけだ。悪い話じゃないと思うが・・・・・。さあ、気がかわらないうちに、はやいとこ切っちまいな。」
「よし、やろう。もたもたしとると、ほかの者にさきをこされちまうからな。」
男は、すっかりその気になって、さっそく仕事にとりかかりました。
 「1本2本は、どういうこともなく切りたおすことができました。
「なあんだ。たたりなんかおきやしないじゃないか。さあ、あと1本だ。この木さえ切っちまえば、おれもいよいよ大家さまか。けっこう。けっこう。」
男はほくほくしながら、さいごにのこった1番大きなくすの木にとりかかりました。
「おい、見ろ。あいつ、とうとう切っちゃうぞ。なにか、おそろしいことでもおきにゃいいが‥‥‥。」
「とんでもないことをやりゃあがるな。」
1番大きなくすの木のまわりに集った村人たちは、おどろきのあまり、こわさを忘れて、よくぼりな男の仕事をじっと見守っているだけでした。
「コーン、コーン。」
 男は3度目のおのを力をこめてふりおろしました。そのとたん、おのは男の手からするりとぬけ、まるで生きているように向きをかえると、男をめがけておそいかかりました。それは、あっという間のできごとでしたから、村人たちには、どうすることもできませんでした。
 村の人たちは、くすの木のたたりで、ばちがあたって死んだ、あわれなよくぼり男を、1番大きなくすの木の根もとにうめて、あつくとむらってやりました。
 今でも清田には、くすの大木がえだをいっぱいに広げて、大空に向かってそびえ立っています。その木は、「清田の大くす」とよばれ、人々に愛されています。
 蒲郡のむかしのはなし(形原北小学校・PTA) より引用 


清田の大クス

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