● 千鳥の香炉 前のページへ戻る   HOMEへ戻る
 
むかし、源頼朝が再興したといわれる全福寺に立派な千鳥の彫刻をほどこした不思議な香炉が伝わっていた。
神仏を大切にしない不届き者が来ると、この香炉から煙が立ち上がって谷を埋め尽くし、「あっ」という間に一寸先もわからないようにしてしまうと言われていた。
しばらくして、世の中が乱れてくると全福寺の坊さんも修行を怠るようになり、不思議な香炉の伝説も迷信だと言って谷へ投げ捨ててしまった。するとたちまち谷には霞がかかり、一寸先も見えなくなってしまった。投げ捨てた坊さんは驚いて寺へ逃げてしまい、香炉はそのまま行方知らずになってしまった。
それから間もなく、萩原左衛門尉芳信に寺を占領されてしまい、大切な香炉を投げ捨てた罰が当たったと噂になり、この谷を人々は「霞谷」と呼ぶようになった。
今でもその香炉が「霞谷」に埋まっており、時々霧や霞が立ち込め谷を埋めることがあるそうだ。
1470年、乱によって全福寺は荒廃。 現在、「さがらの森」内の平地に、本堂跡とみられる十数個の礎石が存在する。この他にも周辺に礎石と認められる石が散在し、かなり大規模な寺院であったことが推定されている。

広報がまごおり(平成23年3月号) より引用 


全福寺跡

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