● 三河大地震 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

ある静かな昼下がり、形原のお年寄りがお茶を飲みながら三河大地震の体験を話していました。
「2日前の11日には、ドンドン・ドンドンいったのう。戦時中だもんで艦砲射撃だと思った。」
「ドンドンいうもんだい、海軍が演習しとるらしいとか。」
「ドーンというたんびに、大島のほうで火柱が立っとったぜ。」
「夜、余震のたびに三ヶ根山の空が異様に青光りして、暗闇をさすのも気味悪かった。」
「稲妻みたいに、青いような、赤い様な、白いような光が、スーツスーツと光るじゃん。それが絶え間なしぐらいだったよ。」
「漁師さんが、12月の地震から海がすごく濁るし、毎日波が高い。地震のきざしだって言っとたけどねえ」
「13日は、ドーンと遠い所から地鳴りがおこると、東の海上を水平線から20度位の角度で南西から南東に火の玉が周囲を赤く染めながら駆け抜け、三ヶ根山の山合いがポーと火の手があがるように赤く染まるとガタガタと地面が揺れた。」
「地震で布団にもぐっゃあいけないねえ。布団の上に何かが落ちてきて窒息した人がいた。避難所が近くの神社だが、石塔なんかが倒れてくる危険がある。地震で墓石がだいぶ転んだり、えざったりしただよ。」

昭和19年12月7日東南海地震が、翌20年1月13日未明に三河大地震がおきました。
三河大地震は、形原の街を南から北に切るように地割れが走り、たくさんの人が被災されました。形原の人たちは、地震の数日前からいろいろな怪現象を感じ、薮の中や家の外に仮屋を作って寝たそうです。
「わすれじの記」より

 広報がまごおり(平成24年3月号)より引用 


三河地震による地割れ跡

わすれじの碑

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