● さやがふち 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 清田の村はずれに、椿沢とよばれている小さな沢がありました。 むかしから、この沢には、おそろしい大蛇が住んでいるという言いつたえがありましたので、村の人たちは、気味悪がって、だれも近よろうとはしませんでした。 だから、沢のまわりは、いつしか、うっそうとおいしげった大きな木や、のびほうだいのざっ草におおわれて、真昼でも太陽の光を通さないほどになっていました。
 かげろうがまぶしくゆれる、春も終わりに近い日のことです。 村の子どもたちは、むちゅうになって遊んでいるうちに、うっかりして、この沢のほとりへ来てしまいました。 子どもたちは、青くすんだ沢の水を見つけると、われ先にとかけ下りていって、ガブガブ飲みました。 冷たい水をたっぷり飲んで、すっかり元気をとりもどした子どもたちは、おそろしい大蛇のことなどすっかりわすれて、また大さわぎをして遊び回りました。
 そのせいでしょうか。 百年も前から沢の底でねむっていた大蛇が、とうとう眼をさましてしまいました。
 長いねむりで腹をすかしていた大蛇は、村へ出ては、田畑の作物や、牛やぶたなどをかたっばしからのみこんでしまいました。 こうして、ゆたかで平和だった清田村は、とつぜん、地ごくのようなおそろしい村に変わってしまいました。
「こんなことがいつまでも続けば、村はほろびてしまう。」
 庄屋さんの家に集まった村の男たちは、何とか大蛇をたいじする方法はないものかと相談しました。 しかし、いくら考えても、大蛇をこらしめるよい方法はみつかりません。 こうしている間にも、大蛇はますますはげしくあばれまわり、村をあらしていました。 今はもう、どうしたらよいのかと、村の人たちはこまりきってしまいました。
 そんな時に、牧山村の牧野九郎という若者が、うわさを聞いて庄屋の家へやってきました。 そして、神の助け″と喜ぶ村の人たちに向かって、
「このおれが、村をあらしている大蛇とやらをたいじしてやろう。 先祖代々から伝わるこのやりで、ひとつきにしてみせよう。」
そう言うと、牧野九郎は、3メートルあまりの、すばらしいやりを持って、ひとりで椿沢にのりこんでいきました。
 椿沢の水面は、さざ波ほども動かず、ぶきみなくらい青白くよどんでいました。
「ははん。 大蛇のやつ、沢の底にかくれているな。」
そう気づいた牧野九郎は、大蛇のすきな人間のかみの毛をもやし、おびきよせることにしました。
 かみの毛をもやしはじめたとたん、空にはみるみる黒い雲があらわれ、地面がぐらり、ぐらりとゆれだしました。 やがて、沢の水面がぶくぶくとあわ立ちはじめました。 そのとたん、ドカンと、かみなりが一度に100こも落ちたような大きな音がして、大蛇がすがたをあらわしたのです。
 大蛇は、牧野九郎を見つけると、鏡のような両眼でクワッとにらみつけ、ただひとのみとばかりに、九郎めがけておそいかかりました。 サッとよけた九郎は、やりで大蛇の左眼を力いっぱいつきさしました。 目をつきさされた大蛇が、あまりのいたさに、ブルンッと太い首をふりまわしたからたまりません。 九郎のやりは、マッチぼうのようにポッキリと折れてしまいました。 折れたやりをすてた九郎は、今度こそはと刀をぬいて切りかかったのですが、大蛇のはく毒をあびた体は、思うように動かなくなってしまいました。 そして、目の前にせまって来た大蛇が、まっかな口をあけて、九郎をひとのみにしようとした時、
 ボウ−、ポウ−。
と、ほら貝の大きな音が山一面にひびきわたりました。
 ふしぎなことに、ボウ−とほら貝がなりはじめたとたん、大蛇はへなへなと地面にのたってしまい、それとは反対に、九郎の体にはふたたび力がもどってきたのです。 そこで、九郎は、この時とばかり大蛇の首を目がけて、力いっぱい刀をふりおろしました。 そのしゅんかん、天と地にいなづまの光が走り、黒い雲は暴風雨となってあれくるいだしました。 沢はたちまちどろ海とかわり、やがて、うずをまいたどろ水は、大蛇の首と九郎の刀のさやをおし流していってしまいました。
 こうして、あぶないところを切りぬけた九郎は、向こうの松の木の下で、口から血を流してたおれている男に気づきました。 この男は、清十郎というほら貝ふきの名人でした。 さっきのおそろしい場面に出あい、全力をふりしぼり、命がけでほら貝をふいたのでした。
 大蛇との戦いで失った九郎の刀のさやは、下流の水竹神社近くに流れつき、ゆたかな清水となり、村の田畑をうるおしました。 「さやがぶち」とよばれるようになったこの清水のおかげで、村はますますゆたかになりました。 また、牧野九部は僧となって、村の人たちとともに清十郎の墓をまもったということです。
蒲郡のむかしのはなし(蒲郡市立形原北小学校・PTA発行)より引用 


鞘ヶ淵の碑

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