● 大久古心中お駒喜一 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 お駒は、奥林生れ、西尾あたりの一ぱい屋につとめたイチョウ返し(髪の形の名)の娘さん。喜一は岡崎六供町のカヤの行商人で、女房子のあるシンショモチ。今から67年前だと言う。
 喜一が、カヤの行商に歩いているうち西尾の茶屋によって、一ぱいやったとき、酌に出たのが縁となり、馴染重ねて、互に憎からず、女は男の程のよさにのぼせ上げ、男は女の純情に目がくらんで女房子を忘れ、その結果は、亭主の放蕩に堪え兼ねて、女房おくみが別れてくれろのコワ談判、はじめて知った男の素姓に、目の前が真くらになる程に驚きはしたが、お駒はあきらめ兼ねて、手に手をとって奥林へとたどりついたが、お駒の親達は、義理にも家に入れられぬと、カンドゥになった。
 進退極まって、大久古池の、池畔に、白布を敷いて、四方にシキビを立て、芝居もどきの死場をつくり、花嫁衣装白装束の2人はこの世の名残り惜しんで、遠望根の山嵐に、刺違えたとも言い、ノドを突いたとも言うが、とにかく赤に染り重り合って見事な最後を遂げた。
 あくる朝、坂野を越して、里に帰る百姓が発見して、びっくり仰天して腰を技かしたと言う。パッとひろがる浮名、数え歌が出来て歌われるやら、捨石神社のまつりに ”大久古心中お駒喜一”の芝居がかかる等、若い男女の心を、そくそくとしてゆすぶり、恋の悲しさを知らせた。
 後に、恋ゆえ死んだ2人の菩提に地蔵様が立ち、夫婦杉が植えられた。往来する人の語り草ともなり、恋をとげる守りの地蔵様になるかも知れぬ。

 かまこおり風土記(蒲郡青年会議所発行) より引用 

大久古池の地蔵菩薩

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